長野地方裁判所伊那支部 昭和42年(ワ)9号 判決
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〔判決理由〕そこで、請求原因第四項即ち本件事故と訴外池上正一の死亡との間の因果関係につき判断するに、<証拠>を綜合すれば、訴外正一は、本件事故により転倒、頭の右側を打つたが気を失う程ではなく、救急車で直ちに金原医院を訪れ診察を受けたが、右金原信郎医師は頭部レントゲン検査の結果、同訴外人の頭部には何らの異常も又意識障害も認められないとして、単に右側頭部、左膝打撲擦過創等の外部的傷害(全治一週間程度の診断結果)についてのみ治療をした上、自宅で一〇日程休養しておれば治るとの診断のもとに入院加療の必要なしとして、帰宅させたこと、五月一八日同訴外人は右咬筋痛を訴え再度同医師の診察を求めて来たので、右医師が診察の結果二日程で全治しうる筋肉痛であるとして鎮痛剤を投薬帰宅させたこと、その後同訴外人は自宅で安静療養し、訴外人自身「大丈夫だ、何ともない」というまでに回復し、家人も焦眉をひらいたものの、何分にも頭部の打撲であるから後遺症の心配もあり家人のすすめもあつて五月二一日昭和伊南総合病院に赴き超音波脳診断を受けたところ、頭蓋内出血の疑があるとのことで同月二三日同病院に入院、精密検査の結果、右中頭蓋窩に小量の血腫のあることが認められたこと、そのため同月二八日より右内出血の自然吸収を目的とする投薬治療を受け以後頭痛も軽減し、六月一二日頃には一時帰宅も許され、医師も訴外人自身もまもなく全治の上退院間近しと思つていたこと、同月一三日、訴外人は一時帰宅のついでに前記金原医院に赴き再度頭部のレントゲン検査を受けたが、異常なしとの診断結果であつたこと、帰院後六月一四日頃、やや不眠を訴えたため、睡眠薬の投与、同月二〇日頃になると病院から離れたりおかしな事をいつて寝ない等の精神病的な異常な行動があらわれたため超音波脳診断を再度試みたところ、入院当初の血腫はほとんど吸収消失しており、外傷による血腫に基く容態の変化とは認められず、同訴外人のもつ別個の素因によるものと推察されたこと、六月二二日になると、明らかに躁病による躁状態を呈するに至つたので翌二三日駒ケ根病院精神科において治療するのが相当であるとの結論に達し、同日右病院に転院させたこと、同病院では躁状態を鎮めるための投薬(ヘノチアジン)療法を施こし経過を見守つていたが、六月二五日躁状態による心臓への悪影響のため、結局心臓麻痺(心不全)により死亡したこと、ところで現在の医学上、躁病の発生原因として外因的な頭部打撲による内出血(血腫)の場合は症例上存せず、これを想定する余地はまつたくないといつてよい状況であり、更に頭蓋内出血に伴う呼吸中枢等の損傷が原因で死亡するに至る事例はほとんど事故後二週間以内にその結果が生じていることからみても、本件の場合には頭蓋内出血をもつて死亡原因とは考えられないことが認められる。してみると同訴外人の死亡と本件事故との間には法律上の民事責任を問いうるいわゆる相当因果関係あり(原因結果の関係が存して、その結果の発生が予見可能なものである。もつとも因果の発生についていまだ十分科学的解明のないことや、結果の発生に他の因子の存在があわせ考えられることは因果関係を認めるに妨げとはならないが、本件については認められない)とはいえず、他に右因果関係を認めるに足りる証拠はない((本件事故(頭部外傷)が同訴外人の死亡の原因であるとする郵政省簡易保険局の保険金倍額支払通知書<証拠>や自動車損害賠償責任保険査定事務所の査定<証拠>の存することは右認定を左右するものではない))。もつとも頭蓋内出血は特殊検査を行なわない限り、事故直後のレントゲン検査、その他の臨床的診察ではその発見が困難であり従つて事故後同訴外人の治療に当つた金原医師が頭部の異常を発見しえなかつたのも無理はないが、右頭蓋内出血(血腫)の発生原因となつた頭部打撲は、本件事故以外には考えられないことが認められ、これに反対の証拠はないのであるから、同訴外人の頭蓋内出血という傷害は、本件事故がその原因をなしているものということができる。(根本久)